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乾期8カ月雨期4カ月

今日、朝っぱらから大家に「今年は水が来ないのよ~」という電話をもらった。つまり、雨期になったにもかかわらず、未だに水道水の供給が少ない、ということである。



「来ないのよ~」と私に言われても、私は水道局の人間でもなければ配管工でもないし、朝忙しい時の電話で「だから私にどうしろっていうの?」と言いたかったのだが、こちらが探りを入れる前に「あら、誰か人が来たからまたあとで~」と一方的に電話は切られた。






おそらく、上水道の水を一旦入れておく地下の貯水タンクの水が尽きたのだろう。
カトマンズの給水システムは24時間ではない。1日おきにわずかな時間、市内数か所の浄水場から水が流されるのだが、当然のごとくこの時刻と時間は全く不可測だ。ずっと待っていたが結局水は来なかったなどということも乾期であれば当たり前である。
今回は数日前の夜中2時過ぎに水圧の低い上水を引くためにモーターを動かす音が聞こえてきたので、今日明日にでも水がくるはずなのだが。







後でよくよく話を聞いてみれば、やはり「もうあと30cmほどで貯水タンクの水が終わる」ということであった。いずれにせよ、そんなことを言われても店子の私にどうしろっていうの、という用件には変わりなかったが、やはり大家としても迷ったのであろう、水のタンカー車を呼ぼう、ということで話をまとめた。



上水など殆ど期待できない乾期に仕方なくタンカー車の水を買う。これは6000リットルで1200ルピー。日本円で1500円ほどとはいえ、こちらの物価から換算すればそんなに安くはない。少なくとも5000円から10000円の間といったところか。なにしろネパールでは1000ルピー札が最高額の紙幣である。

人数の少ない三世帯が住むうちのフラットでは一度タンカー車を呼べば3~4週間は持つのだが、それでも通常の水道代よりは高くなるので、大家としては気を使ってくれたのだ。待ったところで給水などされるわけない乾期と違い、今はタンカー車を呼んだ翌日からあふれるほどの水が来るかもしれない。

大家によると明後日の深夜に上水の供給はある予定らしいが、実はあるはずの昨日の深夜には来なかったらしい。このあてにならない給水が仮に来たとしても今日、明日、あさっての3日間を乗り切るには貯水タンクにある30cmの水では足りないのだ。大家は一応「ポリタンクに水を貯めて、それを使ってあさってまで待ってみる?」と聞いてきた。

しかし、乾期でも今でも私の答えはノーである。




ポリタンクに貯めた水、つまり蛇口から出ない水というのは非常に使いにくい。ジャグに水を入れて、それを片手に洗い物をすることになるわけだが、慣れないとこれが難しく、ましてやできるだけ水を少なく使って、という条件が付くと、どう転んでも楽しく皿洗いなどできないわけである。

そして、もっと水がない状況になると「いかに水を使わずに済ますか」、から「どうしても水を使わなければならない場面はどこか」ということを考えなければならなくなる。


つまり、水がないということは歯磨きをスキップし、顔を洗わず、トイレを毎回流さない、という生活なのだ。




しかし、自分はできても小さい子供がいるとそうもいかない。
歯磨きはさせなければ乳歯は簡単に虫歯になってしまうし、家に帰ると手は真っ黒。学校があればお弁当も作らなければならない。やってみないとなかなかピンと来ないかもしれないが、食事を作るのにも結構な量の水が要る。お米を炊くのに大して水は要らないが、米を研ぐのには炊飯の数倍の水が要る。野菜も洗わなければ使えないし、肉を扱えば自分の手を洗う必要がある。
以前、日本で地震後の断水時に皿にラップを敷いて使っている、というニュースが流れたが、調理をする鍋はラップも使い捨てもないのだ。

もうこれだけストレスと食中毒の機器があるとなると、多少のお金は云々言わない。1か月にすれば頭割りで500ルピーほど。600円とみるとしても5000円と考えるにしても、1カ月の水なし生活を考えるならば安いものである。その分がんばって働きますよ~、と意気込むことができる額である。






だが、これはうちに「地下の貯水タンク」があるから言える贅沢なのであった。


24時間の給水システムなどあったことがないが、それでもかつての方が水は潤沢にあったので、500リットルや1000リットルのタンク(普通屋上にこれがあり、階下へ給水する仕組み)があれば上水が来る2日間のサイクルで問題なくやっていけたのだろう。

しかし、2日に1回がなくなってしまった今でも、うちのようにタンカー車を呼んで水を貯めておく場所がないのだ。
なければないなりに、何とかしているのだろうが、何とかって一体どうやっているんだろう。
遠くの共同水場に水を汲みに行って、それでもその水場だって細々としか出てこない水に長蛇の列が並んでいるのだ。十分な水を確保できていないかもしれない。地下タンクは小さいものではないので、簡単に設置できるものではないのだ。ある程度の面積の地面を掘り返さなければならず、庭がなければ、家を建てた後に設置は不可能である。もちろん工事費も含めれば決して安いものではないので、ないまま、という家も多いのだ。







よく途上国の写真を見ると、頭の先から足の先まで服も顔も、ついでに言うなら地面の色まで同じ色、という子供が写っていて、それは生活が厳しくて親に子供をきれいにする余力がないのだろう、と解釈していたが、それは単に水がないから子供を洗ってやれないのかもしれない、と思うようになった。水がなければ風呂なんて最後の最後である。洗濯も食事の次だ。赤ちゃんでなければ、多少汚い服を着ていようが決して病気になったりしない。




でも、私には無理である。

毎日風呂に入って育った私には、そんな生活はできないし、それはできる限り回避すべき生活だ思う。特に子供を持つ親である以上。




だから、タンカー車を呼ぶことを厭わないのだが、よく考えるとそのタンカー車の水源には水があるのだ。

インフラの基本中の基本の水だが、公共の上水場には十分に市民に供給する水はない。

が、そこからちょっと奥に行ったところには雨期乾期にかかわらず水は豊富にあり、お金を払えば買えるのである。

水不足の原因を、天候のせいだったり、都市への人口集中だと言ったりしていて、確かにこうした事実はあるのだけれど、でも水はあるじゃん?ただ浄水場が適切な場所にないだけじゃなくて?水のように生命にかかわるインフラに、こんな格差があっていいのだろうか、市長さん?

世界はいつも不公平なものだけど。




# by noz-tr2 | 2010-07-25 22:50

あれもダメダメ、これもダメダメ

私の息子が通う学校は「エコ」を推進している。

ごみの分別もないカトマンズ、知識人を自称するならそのくらいの意識は持って当たり前、と思うのだが、これが思いのほかめんどくさい。



去年のこと、ある日突然「禁プラスチック(ビニール)令」が発布されたのだが、息子が「お弁当にRays(ポテトチップ)とかチャウチャウ(ベビースターラーメンのように生食できるインスタントラーメン)を持ってきたらダメだって」という解説を付けてくれたため、要は市販のジャンクフードを買って持たせるのはダメ、という意味だと思い込んでいた。

翌朝、ご丁寧に校門のところには上級生が数人立っていて、いちいち「お弁当にプラスチックはないね?」と一人一人に聞いていたのだが、他の親の「いや、うちはお弁当(Packed lunch)だよ」という答えを聞いて、「やはり手作り弁当を持たせろということなのね~」とさらに誤解を確信してしまった。



が。

学校が言ったのは「プラスチック袋を持たせるな」。それ以上でもそれ以下でもなかった。

息子はパサパサしないようにとサンドイッチを包んだラップを注意され、汁気が出るかもしれないお弁当を入れたプラスチックバッグにダメを出され、果てはお弁当箱の中のアルミカップまで指摘されたそうだ。



そんなこと言われると、ただでさえレパートリーのせまいお弁当がさらに限定されてしまう!




という話を日本人の友人にしたところ、彼女の子供たちが通う学校も同じように「禁プラスチック」らしい。
給食の学校なので、私と同じ悩みはないらしいが、以前「植物を根っこごと持ってくるように」という指示が出た時には「こんな湿った土がついた花をプラスチックバッグじゃなくて何に入れればいいのよっ!」と吠えたことがあったそうだ。




カトマンズはまだまだスーパーが少なくアイテムごとに別の店で買い物をすることになるから、日本に比べても多くのビニール袋をもらうことになる。このほぼ一度きりしか使わないビニール袋、作ることと捨てることの両方から考えても、そりゃ消費しない方向へ向かうのが正解だとは思うのだが、ただダメと言うだけでは意味がないだろう。

子供たちにはちゃんと「なぜダメか」、そしてその代わりに「どうしたらいいか」を教えているのだろうか。まだ低学年の息子は知らなかったけど。




学校の体操服は、スポーツの授業がある日にはそれで通学もするためだからか、背中には去年も今年もエコ・スローガンが書かれている。このセンスがまず個人的には嫌い 
なのだが、制服なので仕方ない。去年は確か「Say No to plastic bags」で今年は「Save Earth we have no place to go else」とか何とか。
もちろん2回ともビニール袋に入ったものが渡されたのだが、そこを突っ込めないところが暗い自分の性格を悔やむ所以である。



# by noz-tr2 | 2010-07-23 19:31

東の国

ここではたくさんのツーリストに会う。

大多数を占める欧米の人々に限っていうならば、一番の目的は山、次にスタディツアーやボランティアツアー、そして「オリエンタリズム」である。





昨日の夜、パン屋を出たところで真正面からやってきたおじさん(欧米人)に「Japanes?」と聞かれた。
中国人の台頭はなはだしいここカトマンズでは、最近「コンニチワ~」などと言ってもらっていない。基本は「ニーハオ」。「アンニョンハセヨ」と「コンニチワ」は大差をつけられての同率2位だ。

久しぶりの正解だったのと、相手がネパール人でなかったことで私としては珍しく正直に答えてしまった。そこから普通に「僕はモリオカとフクオカに行ったよ」などと話が始まってしまったのだが、そのうち「ZEN」やら「Buddhism」という言葉が出てきてしまったので早々に話を切り上げて退散させていただくこととなった。遠くポルトガルでは日本を「禅の国」と信じている人が未だに生息しているらしい。


高度成長期以降のイケイケな日本しか知らない私にとって、日本人というだけで近寄ってくるオリエンタリズムフリークは苦手である。私はどうやっても彼らの期待に応えられないから会話をするのも面倒なのだ。日本人の日常が彼らのイメージ通りだったら、受験戦争も就職戦線も会社のイジメも、何一つ乗り越えられないのである。





ここネパールにいると、神々が住む国と呼ばれるだけあって、極東にフォーカスを当てたオリエンタル好きにはあまり会わないものの、ヒンドゥー教も仏教も、シヴァ神もダライラマももうなにもかもいっしょくた、本人の頭の中もカオス状態の人オリエンタリズム傾倒者がときどきいる。見るからに健康的でアウトドアなトレッカーが少ないオフシーズンの今、この手の人がやたらと目につくようになってきた。


髪をドレッドにして、暗い目をして裸足で歩いて、薬物に頼って、でも肉を食べずにマントラを唱えれば、幸せがやってくるんだろうか。世界が平和になるんだろうか。




彼らが幸せになろうがなるまいが、それはどうでもいいのだが、毎日普通に学校へ行って、将来は普通に働いて結婚して家庭を持って、と考えるネパールの子供たちの前には現れないでほしい。
彼らが東に憧れるように、ネパールの人々は西に憧れているのだ。外国人はいろんな形でここにインパクトを残す強者なのだ。


ヨガもメディテーションも自宅でできる。ネパールの神様も忙しいし、遠隔地の御加護もありだろう。
弱いユーロはもう間に合ってます。





# by noz-tr2 | 2010-07-21 19:53

肩を出してはいけません。 

と、かつてネパールのガイドブックには書かれていたものである。



要は「女性はあまり肌を露出するのはネパールの慣習上よろしくない」ということなのだが、カトマンズを見る限りでは「今日ってそんなに暑かったっけ?」と首をかしげたくなるくらい、若いお嬢様方の肩やら足やらは外気にさらされている。




メディアの普及による海外の情報と、安い中国製品の流入によって、ネパールの若い女性の服装は恐ろしい速度で変わってきた。
私が10年前に来たときは、女性はクルタスルワール呼ばれる長いトップスとパンツのスーツかサリー、つまりいわゆるところの「民族衣装」で洋服を着ている女性は本当に少なかった。たとえ洋服を着ていたとしても、体の線が出にくい緩め、長めのトップスにパンツスタイルで、前述のクルタスルワールをアラカルトで着ているようなものだった。人々はいまよりずっとコンサバだったし、何より街に売られている「洋服」は少なく、高く、デザインは日本人である私から見ると酷いものだった。




今も私から見れば「ださくて安っぽい服」が大多数には違いないのだが、それでも外国の流行に近い形の服が店頭に並び、その額もさほど高くないようである。そもそも上下の組み合わせが自由にできるのだから、3点(トップス、パンツ、ショール)セットでないとおかしいクルタよりも、「毎日違う恰好をしたい」若い女性にはそりゃ洋服の方がいいに決まっているのだ。




しかし、週末ともなると私のオフィスから家までのの帰宅ルートは「ここは歌舞伎町?」状態なのが2010年現在の実情だ。つまり、ケバくて、露出が多くて、個人的な感想を言わせてもらえば男子女子ともに振舞いが下品なのである。

別に彼らは成金のオヤジとお小遣いをもらっているねえちゃんではない。ただの金持ちのくそガキどもである。親も親なのだろうし、他人のことなのでとやかく言う気もないのだが、ここはツーリストエリアなのでやはりふとひっかかる。





ネパールを訪れるツーリストの多くはトレッキングなどのアウトドア目的か、短期のボランティア活動のためである。
自然が多く残っていて、人々は貧しくとも素朴な田舎者で・・・、という途上国幻想をいだいて来ている人が多いだろう。ガイドブックを広げてみると、「現地の慣習上、露出の多い服装は控えるように」と書いてあるかもしれない。


それなのに、夜食事をしようとゲストハウスを出てみると、ベアトップのドレスを着た女の子が彼氏のバイクの後ろにもたれながら、携帯(さすがにスマホではないが)で何の悩みもなさそうに笑っている。


ボランティアのアレンジ(有料)をしてくれたNGOの若いスタッフが「いいクラブがあるよ」と誘ってくれる。外国人の多いクラブで、おそらくネパール人の平均給与から見れば決して安くないクラブだろう。髪を茶色のグラデーションにして腰パンの彼はこのクラブに友人がたくさんいるようである。





カトマンズ市半径6kmはもはやガイドブックに載っているネパールではないようである。と、土曜の夕方である今ふと思った。

でも、このエリアを離れればネパールは未だにコンサバで、地味で人々は苦労をしている田舎の国である。決して村へ行って肩を出してはいけません。



# by noz-tr2 | 2010-07-18 22:28

結婚シーズンラストスパート

先日の、うちのスタッフの義理の妹に結婚話が持ち上がっていて、の後日談。



「親族会議」と出かけて行ったスタッフはえらく早く戻ってきた。



「はやっ!、じゃあ決まったの?」



「ううん。相手方が来なかった」

そういえばまったく進捗を聞いていなかったので、勝手に「そろそろあいつも嫁に出さんといかんべ。誰かいいヤツおらんか」という候補者擁立の段階かと思っていたら、もう一人に決まっていたのだ。


「占星術の結果が出てないから、って」





そうなのである。大事大事。
スタッフはいわゆるところの僧侶カースト(高位カーストになる)。ひいては義理の妹も、そのムコどのも同じカーストなのだが、僧侶カーストだけあってこういうアプローチは大切なのだ。


都会生活が長い上に、情けも容赦もない日本人と働いているおかげで「そんなことはナンセンス」と考えているスタッフは、「今日の夜結果が出るって言うし、明日の朝早く会うことになったから」と苦笑していた。




翌朝、結果を尋ねると、「決まった」との返事。
ちょっとわくわくしながら「で、いつなの?来月とか?」と聞くと、なんと6日後の日付を口にしおった!



「な、なにが~?(笑)」



「結婚式が~(笑)」




ネパールは独自の暦を持つのだが、ネパール暦の今月を逃すとあと3カ月ほど「結婚に適した月」が彼らのカーストにはやって来ないらしい。で、今月内に=1週間以内というわけ。





それから数日。結婚式を明後日に控えて、スタッフは今買い物に出掛けて行きました。
ネパールの21世紀はこんな感じ。




# by noz-tr2 | 2010-07-12 20:50
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